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地方分権、課題と道筋

神野直彦(東京大学経済学部教授)
1. 国民国家の両局分解
戦後50年という歴史的画期にあたる1995年に、地方分権推進法が成立し、明治維新、戦後改革に続く、「第三の改革」と称される「地方分権」という大改革が推進されようとしている。明治維新によって近代化を遂げて以来、「地方分権」は日本国民にとって絶えざるテーマだったといってよい。そのため「地方分権」とは、中央官僚支配からの脱却という日本に固有の政治題だとして理解されがちである。
確かに、「地方分権」推進の炎は、1981年に設置された第二次臨時行政調査会以来、進められてきた行政改革の流れの中から燃えあがっている。1993年に発表された第二次臨時行政改革推進審議会の最終答申をみても規制緩和とともに地方分権を、行政改革の二大アジェンダ(課題)として位置づけられている。こうした行政改革のアジェンダとして、地方分権を推進することが前面に出ているため、日本に固有な縦割り行政の非効率性を打破することが、地方分権推進の主要な目的だと理解されてしまう。
しかし、行政改革という動向それ自体も、先進諸国では1980年代以降、世界同時的に進行していることを忘れてはならない。しかも、地方分権の動きは何も行政改革という流れの中からのみ生まれてきたわけではない。行政改革という動きとは相違する視点から、福祉関連事務における機関委任事務の団体委任事務化に象徴されるように、福祉関係事務における地方分権化が推進されてきたのである。
こうした福祉関連事務における地方分権化の動きも、先進諸国で1980年代以降、共通に確認することができる。もちろん、こうした動きは第一次大戦後、先進諸国が一様に追求してきた「福祉国家」というターゲットの動揺と結びついている。しかし、地方分権の動きは、福祉関連事務の地方分権化を中心にしているとはいえ、1985年のヨーロッパ自治憲章にみられるように、より大きな広がりを持っているといわざるをえない。
つまり、地方分権はこの世紀末に、福祉国家が動揺しているというよりも、おおよそ今から1世紀前に形成された国民国家システムが、上方向と下方向に両極分解しようとしているという動きと結びついている。国民国家は今や、EU(ヨーロッパ共同体)にみられるように国民国家を越える国際機関への権限委譲を図るとともに、地方政府へも権限委譲をおこなわざるをえなくなっている。それが世界同時進行的に地方分権への流れを形成しているのである。
もちろん、日本には固有の地方分権の課題もある。それは日本の中央集権システムには、固有の特色が存在するからである。しかし、この世紀末に世界的に国民国家システムが問い直され、新しい世紀に向かって、新たな社会システムを形成する人類史的課題として地方分権が、この世紀末に生を受けた人間に投げかけられていることを忘れてはならない。

 

 

 

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